堂ヶ島温泉7 宴会 喧噪の中に知る孤独

社員旅行の醍醐味 酒池肉林とは?

着なれない浴衣姿で しばし部屋にて休息をとる
風呂で のぼせたのか 頭と身体が熱い 

この旅館に来るまでに
バスの中で かなりの量のアルコールを摂取していた

そんな状態で風呂に入れば 湯あたりするのも致し方ない

特にすることがないので 部屋にあるテレビを見る
 ハハッ ローカルだな チャンネル少な!
旅行に行くと毎回 思うセリフが頭に浮かんできた

怠惰に時間を浪費していると 宴会の時間になった
宴会が開かれる大広間へと移動する

…宴会 …自分 …実は
実を言うと 宴会が あまり好きではないのだ

では なぜ 自分が宴会を楽しみにしているのか?

それは 愛姫の存在である
会社では見ることが出来ない愛姫の浴衣姿が見れるからである

風呂に入った事で 火照り微かにピンクに色づく頬
浴衣の襟元から見える うなじ
宴会に参加するだけで それを見ることが出来る
普段とは違う姿 まさにナチュラルギャップ

羽ばたけ 我が妄想!
広がれ 我が煩悩!!

愛姫との甘い一夜を疑似体験
それだけが価値ある宴会の醍醐味なのだ

社員旅行における宴会への考察

大広間にエアー君と共に入る
すでに大半のおっちゃん達が各自 適当な席に座っていた

席と言っても 座敷なので座布団なのだが
自分は 大広間に入り最初に感じた思いは 落胆であった

お察しの通り 愛姫の横に座れないであろうことは分かっていた
落胆の理由は他にある

宴会が あまり好きではない
その理由の一つが この席の配置なのだ

席の配置

自分が今まで参加してきた社員旅行の傾向から
席の配置は 二通りに分類される

基本は 畳である
フスマを開けて入ると右か左かに上座がある
その対面に舞台

これは自分の実体験
過去の社員旅行を思い出すと
大体 こんな感じだったな と言うことで
全てにおいて当てはまるわけではない

舞台に背を向けていたら 舞台が見れない
ならば 舞台がもっともよく見える正面
それが上座になる

まぁ 実際 上座など どうでもいいのだ
自分が座るわけではないのだから

肝心なのは自分が座る席だ
今回は 自分が『対面川流れ方式』と呼んでいる配置だった

大広間の窓や廊下に平行に並ぶ 横長の大きな座卓
その座卓を挟み 人が座っていく

おっちゃんばかりの旅行で対面に人が座ると言うことは
おっちゃんの顔ばかりが見えるのだ

片側に3人 その反対に3人
これを 6人1組のブロックとして
それが横に3ブロック平行に連なって並ぶ

大広間の窓側に3ブロック
中央にも同じように3ブロック 廊下側に3ブロック

座ると 右手か左手側に 上座か舞台がくる
窓を背に座るか 廊下の壁を背にしない限り
前 横だけではなく 後ろにさえ人を感じる配置

   対面川流れ方式

この配置は いただけない
誠にもって いただけない

全体が見れない

愛姫の姿が見れない
落胆しかない

『コの字方凹(ぼこ)方式』が良かった
どの方式が採用されるかは
宴会場の広さに影響されるのだろう

思い通りいかないのは 世の常である

   コの字方凹方式

宴は 始まる

上座に陣取る会長ら
お偉いさんのあいさつで宴会は始まった

自分は最初に
目の前に並べられた宴会料理を観察した

豪華な船盛が置いてある

刺身が好きな自分には 嬉しい限りではあるが
冷静に見れば 6人で食べることになる船盛だ

刺身の枚数からして ひとり2である
その他には 小鉢などが並んでいる

ふと自分は
カメラを持って来ていることを思い出し
船盛を被写体に写真を撮る

まだ太陽が沈み切らない明るい海を背景に
おっちゃん3人が並んでいる

まだ何も食べていないはずなのに
爪楊枝を使う おっちゃん
はにかみながら微笑む2人の おっちゃん
その笑顔 遺影に最適だな と自分は心の中で毒づいた

宴会料理は まず最初に 酒のつまみ的に軽いものが並び
あとから 揚げ物や ご飯ものが出てくる

自分は最初から ご飯 片手にガッツリ食べたい派なので
後半に料理を出された時には お腹がいっぱいになってしまう

集団において個人の主張など通らないものである
ビールは 何杯でも 喉を通るけどな!

 

食べよ 飲めよ

ビールをチビチビ飲みながら
冥土の土産に刺身は いらんだろう と自分は
おっちゃんたちの分まで刺身を食べていた

ふと 横に座る エアー君が そわそわしだした
どうやら その原因は最前にある生アワビのせいらしい

「おれ アワビ食べるの初めてだわ」と言いながら
エアー君は生アワビを舐めようとしていた

卑猥である

鮮度が良いので 生きのよい うごめくアワビが卑猥なのか
エアー君の存在が卑猥なのか
今のところ判断は出来かねるが…

旅館の女将と仲居さんたちが 小さな七輪に火を入れていく
網の上に乗るアワビが 熱にあぶられ
なまめかしく身をねじり始めた

宴会場内が心なし熱くなった気がする
それは七輪に灯された火ではなく
興奮する おっちゃんたちのせいだろう

酒が入った この状況で 生アワビは反則だろ

アワビと言う 高級食材を有難る気持ちよりも
火にあえぎ みだらに わななきながら身をうねらすアワビ
そのビジュアルが目を引き付けて離さない

この宴会の最高潮は この瞬間だと断言できる
まさに 今 酒池肉林は完成した

得も言われぬ興奮の渦が おっちゃんたちの顔に
万年の笑み浮かばせている

だが自分は その渦中から外れてしまった
愛姫が そばにいない
この席からは その姿さえ見えない

おっちゃんたちとではなく愛姫と
この生アワビの官能的生命の消滅を見たかった
たぶん 愛姫は 湯上りで火照る頬を
さらに赤らめ生アワビを見ただろう

その姿は酒池肉林の上位互換
羞恥肉林 そのものであったはずだ

何が悲しくて
おっちゃんたちの恥じらい顔を見なくてはならないのか

そして 何故 悲しみは悲しみを呼ぶのか

宴会場のいたるところで
助けを求める のろしが上がり始めていた

普段 アワビの踊り焼きと無縁の おっちゃんたち
七輪の火が消えるまで焼くと判断した結果
アワビの殻が焦げ 臭気と煙が立ち上ってきたのだ

自分の隣では
エアー君が落胆しながら 半分 焦げたアワビを食べていた

次回

ついに姿を現すコンパニオン 宴もたけわな

二次会 その向こうに