堂ヶ島温泉4 駿河湾フェリー殺人事件

2022年1月22日

バスは予定通りに清水港へと着いた

ロスタイムの危機を乗り越え 無事にフェリー出航時刻に間に合ったのは
添乗員のオッチャンの指示と それに素直に従った社員旅行参加者で作り上げたファインプレーと言えるだろう

今から乗る駿河湾フェリーは 清水港から土肥港までを65分で横断する
最大積載車両は 大型バス13台と乗用車4台 もしくは乗用車54台が乗れる

駿河湾フェリーからの何気ない風景……

自分達を乗せたバスは
大きく口を開けた駿河湾フェリーの格納庫へと ゆっくりと進んで行く

中は蛍光灯の光に照らされた駐車場になっていた
バスが所定の位置に着くと自分達はバスを降り 階段を上り船のデッキへと向かう

デッキに出ると強い風が自分達を出迎えた

自分は周りを見回す

フェリーは動き出していて港から手を振る人たちの姿が見えた

今 自分がいる場所は 船の最後尾にある1階デッキのようだ

最後尾から中央の方向を見ると 白い丸いテーブルと椅子が いくつも並んでいて オープンカフェのようになっている

その奥に たこ焼きの屋台があり店主が たこ焼きを忙しそうに焼いていた

自分は 旅行会社の添乗員のオッチャンが何よりも優先
この旅行の うたい文句になっていた『フェリーから眺める富士山』を見るために目を凝らした

海の向こう 空と交わる境界線
白い雲が青い海に溶け込むように広がっている

自分はフェリーから眺める富士山を見るために目を凝らす

どこだ?富士は?見ている方向が違うのか?
さらに目を凝らすと 海の向こうに白い雲に霞む(かすむ)富士山が何とか見えた

……

……

……これがフェリーから眺める富士山かぁ……

自分は 何となく納得し
このフェリーに乗った人なら誰しもが撮るであろう 県道223を写真に収めた

いかにも ここで写真を撮ってね みたいな感じが気になるのだが
旅先で撮る写真とは そうゆうものだと自分をいさめながら2階デッキへと移動した

2階デッキから見える景色は 1階デッキと変わらなかった

当たり前である 高低差があるだけなのだから

2階デッキは1階デッキよりも狭い 2階デッキの中央に部屋があるせいだ
しかも その中央の部屋にはドアがあるのに入る事が出来ない

自分は もう富士山は見なくても良いだろうと思い2階デッキを降り船内の探索をすることにした

ここに来るまでの間に
散々バスガイドのオバチャンに窓から富士山が見えるたび「富士山が見えますよ!」と声を浴びせられ
条件反射的に遠くにある富士山を見ていただけに今更 見ても有難味が無い

それ以前に霞んでいて良く見えないのだが

しばらく見ていれば雲が晴れて見えるかも知れないが ただでさえ風が強いのにフェリーが走り出したせいで さらに風が強くなっている

このフェリーの航海速力は18.5ノット
時速にすれば35キロから40キロになるだろうか

何も無い海の上で その速度で走れば風が強くなるのは当然だ 何もせずに風に当たっているのも疲れる

忍び寄る選択の時

自分が1階デッキに戻ると たこ焼き屋台の前のオープンカフェ的なテーブル
見慣れた会社のオッチャン達が5人 陣取っていた

その中の1人 小太りのオッチャンが「皆で たこ焼きを食べよう」と言い自分に買って来てくれと2千円を渡してきた

特に断る理由もないので自分は駿河湾フェリーで初めての おつかいをすることにした

たこ焼き屋台は目の前だ
自分は渡された2千円を強風に飛ばされないように強く握りしめ たこ焼き屋台へと歩いて行く

ちゃんと買って来れるのか?と オッチャン達の視線が背中に突き刺さる

だが そんなオッチャン達の不安を払拭するかのように自分は迷うことなく たこ焼き屋台に着く事が出来た
やれば出来る男なのだよ 自分は

そして たこ焼き屋台の店主に注文をしようとしたときに自分は絶句した

この たこ焼き屋台のメニューは多すぎる!!

自分は たこ焼きを買って来てと言われただけだ どんな たこ焼きを買えば良いのか聞いてはいない

普通の たこ焼きを買えば無難なのだろうが 預かっている金額からすれば2舟は買う事になる
その2舟が両方 同じ味では興ざめだろう

まず 定番の普通味の たこ焼きを買うのは決定だ

これは外せない 問題は次に何味を買うかだ

オッチャン達の好みを考えると たこマヨは微妙か?
マヨネーズの濃厚さが 舌の感覚が鈍っているオッチャン達には 重いかも知れない

ならば たこポンか?
ポンと言うのはポン酢の事だろう まさかピンポン玉のポンではないはずだ

たこポンのポンがポン酢であるならば 舌の味覚が衰えているオッチャン達でも サッパリと食べれるだろう
たこポンで決まりか?

いや待てよ たこマヨ醤油と言うのもあるぞ!

醤油と言えばオッチャン達の好物だろう カレーライスに醤油をかけるオッチャンも存在するぐらいだ

それなのに好物の醤油を買わなかったら 舌の呂律が上手く回らないオッチャン達に 文句を言われるかも知れない

自分が たこ焼き屋台の前で思案していると横から女性客が店主に 普通味の たこ焼きを3舟注文した

む!自分が先に立っていたのに順番を越されて注文された!

しかも続いて男が たこ焼き屋台の前に来てメニューを眺め始めた
このままでは男にも先に注文されてしまう

たこ焼きは出来上がるまでに時間がかかる 男に先を越されては待ち時間が長くなる

自分は焦りながら もう一度  たこ焼きのメニューを見る

たこジャンなるものがある

はっきり言ってジャンが何を指すのか自分には分からないが
舌が馬鹿になっているオッチャン達には 味の区別なんか分からないのだから たこジャンでも良いのかも知れない

メニューを見ていた男が店主に近づく

もう時間がない 決断の時だ

自分は男よりも早く店主に注文した

「普通味の たこ焼き二舟!!」

しばし待ったのち
自分は出来上がった 普通味の たこ焼きを受け取りオッチャン達の待つテーブルに戻った

自分のフェリーでの初めての おつかいの成功に
感動もせずにオッチャン達は たこ焼きを黙々と食べ始めた

お金を出したのは ともかく 買って来たのは自分だと言う大義名分の元 自分はオッチャン達よりも 2つ多く たこ焼きを食べ フェリーの船内を見るために その場を後にした

愛姫を求めて

フェリーの船内に入り少し歩くと 子供が遊べるように背の低い壁で区切られたスペースがあった

床には柔らかいマットがひかれていて そこに社長と社長の奥さんと2才の女の子 プチ姫がいた

プチ姫は子供用に作られた船長の衣装を着ている
たまたま そばにいたエアー君が社長にスマホを渡され記念撮影をしていた

自分はプチ姫の可愛らしい船長姿を見ながら思う

このフェリーにコスプレ無料のサービスがあるのなら
ここは是非 会長の愛娘 愛姫にもコスプレをして貰わなければならないだろう

出来ればセーラー服が良い!

普段なら恥ずかしくて頼めない事も 頼めなかった事も
開放的かつ非日常である旅先なら頼める気がする

よし!愛姫にサイズの小さいパッツンパッツンのセーラー服を着て貰おう!

そうと決まれば こんな親バカ社長の家族団らんに付き合っている場合ではない

自分は船内の先頭へと向かい歩き出した

駿河湾フェリー殺人事件

1階デッキ 2階デッキ共に愛姫の姿はなかった となれば残されたのは船内の先頭だけだ

先頭部分は正面に向かい 椅子が横に繋がって並び観覧席のようになっていた

野球場やサッカー場にあるプラスチックの椅子ほど雑ではないが 映画館で座る椅子ほど作りは良くない

自分は愛姫の姿を捜す

おかしい 愛姫が見つからない

いや よくよく考えてみると愛姫だけではない 会社のツートップ 会長と相談役の姿も見ていない

一体 どこに行ったのか?

考えられる理由は ひとつしかない

会長と相談役は海に突き落とされ そして愛姫は犯人により拘束されている!!

これしかない

残念ながら会長と相談役は もう海の藻屑になっているだろう 手遅れだ 救いようがない
今 自分が救えるのは 犯人により どこかに拘束されている愛姫だけだ

これは
ついに自分にもチャンスが回ってきたと言う事だ

良く耳にするが 実際に言うことはないと諦めていた 生涯 言う事がないと思っていた あのセリフを
「犯人は この中にいる!!」を言うチャンスがきたのだ

そして自分は続けて「犯人は お前だ!!」と言い 犯人を捕まえ拘束されていた愛姫を救い出す

助け出された愛姫は感極まって自分に抱きついてくる
パッツンパッツンのセーラー服姿でな!!なんて素晴らしいストーリー!!

自分が この難問 フェリー密室殺人事件に頭を悩まそうとしていたら後ろから声をかけられた

声の主はエアー君だった このタイミングで声をかけて来るとは 怪しい 犯人か?

エアー君は「赤原 俺 眠いから寝る」と言い横並びの椅子に寝そべり眠り始めた
それを見た自分は エアー君を見習い一緒に寝る事にした

クライマックスまでは時間が まだある

自分の出番は最後の最後だ
ここぞと言う時にこそヒーローは出てくるものだろう

それに 今日は朝が早かった しかも朝からアルコールを摂取し続けている
ここで休息をし犯人との対決と愛姫の抱擁に備えるべきだ

そして自分は静かに眠りに落ちていった

チラリと頭の片隅で この眠気の原因は 犯人がビールに仕込んだ睡眠薬を飲んでしまったせいかも知れないと思いながら……

……

夢の解決

……

「ねぇ 起きて」

自分は その言葉に反応して目を覚ました

自分を起こしたのは社長の奥さんだった

「もうフェリーが着くからバスに戻って」と自分に 言い近くで寝ているエアー君にも声をかけ起こしていた

起きたばかりで頭がボーとした状態で 自分はフェリー内部に止まっているバスへと戻る

バスに入ると最初に愛姫の姿が目に入った

あれ?拘束されているはずの愛姫がいる??

ボーとした頭では自体が飲み込めない

自分は何が何やら分からずに ただバスの後部席に向かい歩いて行く
その途中で会長と相談役が座っていた

死んだはずの会長と相談役がいる!!

どうゆう事だ?自分は夢でも見ているのか?!そうかも知れない

自分は まだフェリーの椅子で寝ていて これは夢の続きなのだろう

自分の耳に相談役が隣に座るオッチャンと会話する声が聞こえて来た
「凄く良かったよ フェリーの特別室」

特別室?!

「5百円を別に払うだけで特別室に入れるんだ
コーヒーも無料で飲めるし凄い豪華な椅子でな あれは入る価値があるよ」と得意げに相談役は話していた

自分が2階デッキで入れなかったドアの先は特別室だったのか

そして その特別室の中には相談役だけではなく会長と愛姫もいたのだろう

だから どんなに探しても 愛姫の姿が見えなかったと言うことか

自分は思う

特別室 そんなに良かったのですか?

だったら 誘えよ

続く